2022年7月6日水曜日

息子のイベント出演記:パフォーマンスキッズ・トーキョー、ダンス公演「おどろどろんこどんどきゅう」

皆さん、こんにちわ、今回は小学3年生の息子が参加したイベントの様子と感想を綴りたいと思います。

芸術家と子どもたち(children-art.net)という非営利団体(NPO)が主催する各種イベントが開催されています。

今回初めてこうした取り組みを知りましたので、お子さんをお持ちの方たちに少しでもこの活動を知って頂く、興味を持って頂く機会となれば幸いです。



NPO法人「芸術家と子どもたち」とは

1999年に発足し、2001年からNPO法人として活動を始めた団体です。

現代のアーティストといまの子どもたちが出会う「場づくり」を提供すること

を目的に掲げています。

場づくり」を提供することで以下の機会を創る支援をされております。

●子どもたちにとって<潜在的な力を存分に発揮し伸ばす
●アーティストにとって<子どもたちと関わり、新たな表現を探る

上記ミッション実現に向けた主要な5つのワークショップを定期的に開催されています。

各ワークショップの詳細は公式HPをご確認頂ければと思いますが、これらのワークショップの1つとして今回息子が参加させて頂いたのが

パフォーマンス・キッズ・トーキョー(略してPKT)

でした。

PKTは公益財団法人「アーツカウンシル東京」というもう1つの団体と共同して実施されるワークショップとなっています。

ダンスや音楽など様々なジャンルで、子どもたちが主体となりプロのアーティストの支援を受けながら一緒に舞台作品を作り上げ、そして公演という形で披露する取り組みです。

イベントに参加したきっかけ

このイベントを知ったきっかけは、小学校からのお便りで出演者募集のチラシでした。

チラシの「おどろどろんこどんどきゅう」というタイトルを目にした時は「うん?何だこれ?」というのが率直な印象でした(笑)

ただ「どろんこ」とあるように土を題材にしていること、更にダンスとアートが組み合わさった舞台ということで息子も興味津々でやってみたいとすぐに意思表明してくれました。

息子の幼稚園時代を振り返ると、お遊戯会の演目「ピノキオ」でゼペットおじさん役を演じて長いセリフをしっかりこなし、立派に演じ切ってくれた時の事を思い出していました。

当時の写真

あの時と同じようにこのイベントを通して感動をもらえる、観ている人たちに感動を与えることが出来るなら応募しない訳にはいかないなという事で応募し、幸運にも出演のチケットを射止める事が出来ました。

イベントを通して出会ったアーティストの方たち

今回この作品の舞台演出とアートを担当して下さったアーティストの皆さんを簡単では御座いますがご紹介したいと思います。

青木尚哉さん

16歳でダンスに出会い、プロとしての振付家、ダンサーとして活躍されています。
主にzer0というプロジェクトを通して、様々なジャンルでのイベント、ワークショップなど積極的に活動されています。

https://zero-dance.com/

HP掲載の青木さんプロフィール

間中ムーチョ(まなかむーちょ)さん

女児玩具デザイナーなどを経て、絵本「にんげんさまへ」など、様々なアート活動をされています。絵本は2019年にイタリア・ボローニャ国際絵本原画展において入選するなど高い評価を受けています。

HPを見て頂くととても素敵な作品が沢山並んでいますので是非ご覧ください!

https://manakamucho.jimdofree.com/


木原萌花(きはらももか)さん
芝田和(しばたいずみ)さん

ももかさん、いずみさんは、青木さん率いるzer0のメンバーでありダンサーとして活躍されています。今回子供たちを引っ張って行ってくれたとても素敵なお二人です。

zer0 HPに掲載の木原さんプロフィール

zer0 HPに掲載の芝田さんプロフィール

イベントまでの道のり

イベントは本番を含めて10日間のワークショップが実施されました。

PKTにおいての基本的なプロセスとなっているようで 7/3の本番に向けて基本的に毎週土日にワークショップのスケジュールが組まれました。


実際のスケジュール表

ワークショップ連絡帳

また、ワークショップはアーティストと子どもたちが集中して取り組めるよう本番までは非公開で行われることとなります。

初回の顔合わせで緊張の面持ち

非公開ではありますが、公式SNSなどでワークショップの様子を垣間見る事が出来て、私たち観る側もどんな舞台になるのだろうと日を追うごとに期待が高まっていきました。

SNSでワークショップの様子を発信頂いてました

屋内での実施ではありますが、ワークショップを終えた息子を迎えに行くと汗いっぱいで「あぁ、疲れたー」と唸っていましたが毎回その表情には清々しさが表れていました。

本番当日の様子

そして迎えた本番当日ですが10時から最後の稽古に臨んでいました。

14:00 開場でホールには多くの観客の方が来て頂いておりました。

14:30 から公演が始まってすぐに息子が舞台に登場しステージを気持ちよくスキップで何度も駆け抜けていきます。

間中ムーチョさんがこの日のために用意してくれた土の衣装を身にまとい真剣な表情で演技していました。また、間中さんのアート作品がスポットライトに照らされて舞台がより一層彩られていきました。

     パンフレットから本番舞台を想像して頂ければ。

子どもたちも土にくるまってはまた動き出したりと色々と面白い動きを見ているとこちらも楽しくなってしまいました。

特に参加者みんなが土に向かって語り掛けるシーンを見つめていたら私自身も土に対する感情移入というか、私達にとって非常に大切な存在なのだなととても考えさせる印象的なシーンでした。

そして舞台も佳境を迎える頃、土という存在の偉大さを物語るような、帯のように描かれた絵が滝のように流れ出てくる演出に圧倒されておりました。

こうして無事に舞台も終わり、観客の方からも多くの拍手に包まれておりましたし、出演者の皆さんの表情がとても晴れやかに見えました。

終演後はロビーに集合し、最後のワークショップとなるお別れの会が催され、本番の振り返りと一人一人感想を述べて労をねぎらっておりました。

そして最後にお世話になったアーティスト、スタッフさんに息子とともにこれまでの感謝をお伝えして別れを惜しみつつも解散となりました。

イベントを通して感じた事

今回は「土」をテーマにした舞台でしたが、昆虫好きでもある息子は土の中に住む虫たちの気持ちになって面白い動き、アクションを自分なりに考えてくれたのかなと想像しています。

このイベントを通して「自分で考えて行動する」ことを学ばせてもらったと思いますし、青木さんをはじめスタッフの皆さんが子供扱いすることなく一個人、対等な出演者として接してくれたことは息子にとって心が成長するきっかけを頂いたと思います。

最後に、イベントの中心的役割で最後までリード頂いた青木さん、アートへの情熱を感じさせてくれた間中さん、出演者と心を一つにして素晴らしいパフォーマンスを見せて下さった木原さん、柴田さん、そして事務局として出演者を常にケアして下さった青木さん、スタッフの皆さんに改めて感謝しております!

また皆さんとご一緒できることを願っております!

2021年9月4日土曜日

【夏休みの思い出】カブトムシたちから生命の大切さを教えてもらいました

皆さん、こんにちわ。

今回は子供たちの夏休み期間中に家族みんなでお世話してきたカブトムシとクワガタたちの思い出を綴っていきたいと思います。

昆虫を飼うきっかけとなったのは小学二年生になる息子が興味を持った事でした。

我が家に最初にやってきたのは息子の友達が譲ってくれた小さなクワガタの雄でした。
その後、近所の公園でカブトムシのオスやメスを自ら採取する事が出来た事で大変喜んでいました。

息子が夢中になってる姿を見て妻も昆虫図鑑や昆虫のひみつといった本を見つけてきて一緒に昆虫の生態を学んでいました。

私も息子と一緒に虫アミ片手に公園に探しに行ったのですが毎回成果ゼロ。。一方で妻と一緒に行くとカブトムシに出会えるというジンクスも生まれました(笑)

長女と次女は虫が大の苦手、、のはずだったのですがカブトムシとクワガタは例外のようで弟が可愛がってる姿を見てその安心感から家族みんなで可愛がるようになりました。

カブトムシたちの一日振り返り

朝になると子供たちは飼育ケースから庭の芝生の上を散歩させます。

散歩の後はカブトムシたちのごはんを補充です。

ごはんは樹液の成分に似せた昆虫ゼリーを与えます。ホームセンターで購入出来て黒糖味とフルーツ味の2種類を与えていました。

虫たちが過ごす土も専用の昆虫マットというものが販売されています。この昆虫マットは幼虫にとってはごはんとなる、まさに母なる大地といった感じです。

虫たちが快適に暮らすには昆虫マットにある程度水分、湿気が必要となるので毎日表面の湿り気具合を見ながら霧吹きで水をかけてあげます。

その他、昆虫ゼリーをセットするための木製のエサ台に朽木、枯れ葉を配置します。

枯れ木は湿気によってカビが生えてしまうため頻繁に天日干しにしたり表面を削ったりを繰り返し清潔な環境で過ごせるよう努めました。

基本的に夜行性ということで昼間の様子はというと、雌たちはマットの中、雄たちは枯れ葉の下に身を隠して暮らすという感じでした。

夜になるとみんな活発に動くようになります。時折夜中にバサバサっという羽音がなって最初は気になっていたのですが、それも自然と慣れてしまいました。

夜どのくらい活発に動いているのかをアクションカメラで定点観測してみたのですが、このミヤマクワガタのメスなのですが飼育ケースをところ狭しと繰り返し歩き回っておりました。


夏の終わりとともに訪れたカブトムシたちとの別れ

その後も私が奥多摩にツーリングに行った際に購入したミヤマクワガタのつがいなども増えていき最終的には飼育ケースが大小合わせて6つまで増えておりました。

カブトムシたちにはそれぞれ名前を付けて愛着をもちながら世話しておりました。

  • カブオ、チビオ、ハヤオ、カブスケ(カブトムシのオス)
  • カブコ、チビコ、カブミ(カブトムシのメス)
  • ミヤオ(ミヤマクワガタのオス)
  • アーモンド(ミヤマクワガタのメス)
  • クロ、アカ(ヒメノコ)

今年の夏休みもコロナ禍で子供たちも羽を伸ばして思いきり遊ぶこともできず、お盆休みに実家への里帰りなどもできずにいましたが、そんな中カブトムシたちが子供たちの心を和ませる存在となっていました。

次女は虫たちの写真をかわいらしく加工したり、息子は折り紙でたくさんのカブトムシやクワガタを生み出しておりました。


そんな楽しい時間を過ごしていましたが、夏の終わりが近づくにつれ、虫たちの別れが相次ぐこととなりました。

カブトムシやミヤマクワガタが成虫として過ごす期間はおよそ1~2か月となっています。

厳密に管理された飼育であればより長く生き続けることが可能のようです。

全くの初心者だった私たち家族も書籍やネットの情報から少しでも長く生きてもらえるよう努力してきましたがやはりその時はきました。

カブオとミヤオ、そしてチビオが立て続けに天国に旅立ったときは子供たちはショックだったようです。

4番目に旅立ったのはハヤオという体が一番大きく元気に動いていたカブトムシのオスです。

そんなハヤオも少しずつ動きが鈍くなっていき前足も自由が利かなくなってしまいました。見ている私たちも痛々しい気持ちになっていたのですが、そんな満身創痍な体となってもハヤオは残された4本の足で常に前へ前へと歩みを止めませんでした。

バランスを崩してはひっくり返ってしまい自力では起き上がることが出来なくなってしまいました。

ハヤオが亡くなる前の3~4日間は家族みんなでハヤオの様子を見てはケアをしていました。

かなり体力が衰えてしまい今夜が最後のお別れかも、と何度も思っていましたが、本当にハヤオという子は命ある限り前を向き続けていたと思います。

最後は触覚のみを僅かに動かす程度でしたが、妻や次女、息子に最後を看取られて天国に飛び立っていきました。

カブトムシたちから生命の尊さ、大切さを教えてもらいました

息子がきっかけとなり家族みんながカブトムシたちに解像度高く接した夏休みとなりました。

生あるもの、いつかは別れが来るという営みをカブトムシたちは身をもって教えてくれたと思います。

健気に、たくましく命の灯の続く限り、歩みを止めない姿に非常に胸を打たれました。

人間が誕生する以前の太古の時代から生命を紡いできた昆虫たち。

幼虫からさなぎ、成虫になる過程。木々や土に再び活力を与える役目までも果たしている虫たちの偉大さ、素晴らしさを知りました。

同時にこうした生命を育んできた、かけがえのない地球を守っていかなければならないと改めて感じた夏休みでした。

最後に息子と次女で合作した絵本(アニメーションGIFなので画面切り替わります)をシェアして締めくくりたいと思います。

最後まで読んでくださってありがとうございました!



2020年8月15日土曜日

第9回関根バレエスタジオ発表会を通して感じたこと

 皆さん、こんにちわ

今回は8/13に行われた長女が参加する関根バレエスタジオ第9回発表会の様子をお伝えしたいと思います。


こちらのブログで過去にもバレエ発表会の投稿をしていますが、今回はコロナウィルスによっていつもとは異なる発表会となりました。

今回はそんないつもと違った発表会の様子とともにコロナ禍における個人的な感想を交えてお伝えしたいと思います。

いつもと違う点①開催時期

毎年4月末〜5月初旬に開催されますが、緊急事態宣言なども発令され、一人一人がステイホーム、外出自粛の生活となり、学校や図書館、市民ホール等の公共施設の利用が制限されたため、開催自体が危ぶまれていましたが、発表会の開催を3ヶ月延期しようやく開催にこぎつけた発表会でした。

いつもと違う点②練習風景

発表会は年次のイベントであり、バレエスタジオの生徒は皆、発表会を目標にしてレッスンに励んでいますが、通常のレッスンもコロナ感染を起こさないためにマスク着用し、スタジオが
蜜とならないよう人数を分散して練習に励んでいました。

発表会が近づくと市の総合体育館などを借りて合同練習が複数回開催されます。
いつもなら合同練習は3月〜4月あたりで比較的穏やかな時期だと思うのですが、今回は時期的に梅雨のジメジメした時期と重なりました。

スタジオと同様に体育館でもマスク着用しての練習なのですが、ちょっと想定外の事が起きておりました。

それは気温が一定温度を超えないと体育館のエアコンが使用できないという事でした。
梅雨なので気温はさほど高くないのですが、湿度は高いためとても不快な状況が想像できると思います。

換気のため窓を開放してはいるもののエアコンを使用できず不快さが増している中、マスクを付けて通しのレッスンは大変な練習だったと思います。

いつもと違う点③会場への入退場

いつもなら発表会会場は観覧したい方は自由に出入りが出来ていたのですが、今回はチケット制による全席指定となりました。

全席指定といっても密にならないよう、1列開けた形となり、収容数もかなり制限された状態でした。

生徒の家族、スタッフなど観覧者の名簿を事前に提出して、万が一コロナ感染者が発生した場合でも追跡ができるような対策も取られていました。

受付では妻がスタッフとしてお手伝いしたのですが、フェイスシールドを装着しての対応。
チケットも入場者自身で半券を切り取り、受け渡しで接触を避けアルコール消毒を徹底しておりました。

いつもと違う点④終演後の出待ち禁止

発表会終演後、ロビーでは参加者と観覧者とが写真撮影や花束、プレゼントの受け渡しなど、労をねぎらう歓談の場となるはずでしたがそれも取りやめとなりました。

コロナ禍であっても変わらないもの

このようにいつもと違う発表会ではありましたが、その中でも変わらないものが1つありました。

それは発表会に参加している生徒さん全員が一生懸命になって感動を与えてくれた姿でした。

そんな発表会の雰囲気を少しでも感じてもらえるよう簡単ではありますが以下にまとめます。

今回の発表会は3部構成となっており、1部「小品集」、2部「ドン・キホーテ」三幕抜粋、3部「シンデレラ」全編となっておりました。

長女は1部で「海と真珠(せむしの仔馬より)」からパド・トロワ(男性1名、女性2名)を披露しました。
ゲストの先生である栃木バレエアカデミー高井先生をお迎えして、スタジオで同じクラスの中学二年生の女の子と息のあった演技で魅了してくれました。


2部の出番はありませんでしたが、ドン・キホーテの他の演技者の華麗な踊り、特に見せ場となったキトリのグランフェッテは凄いの一言に尽きると思います。これは是非リアルに足を運んで堪能してほしいと改めて感じました!

3部は皆さんとても馴染み深いシンデレラの演目です。
継母と娘ドリゼラ、アナスタシアにいじめられるシンデレラの姿がコロナに脅かされる人々の感情を重ねて見ておりました。

暴力という負の連鎖に負ける事なく、自身の内面にある優しい心を持ち続けることで苦境を乗り越えていけるものだと改めて感じました。

長女は春の精役として、淡いピンクの衣装を纏い、夏、秋、冬の精とともに群舞している様子もとても綺麗な光景でした。

そしてフィナーレを迎えた発表会ですが、観覧者はいつもより少ないはずなのに会場内は何度となく大きな拍手で包まれておりましたし、華麗な演技を通してコロナなどを忘れさせてくれ、心穏やかに癒やされた一時を過ごす事が出来ました。

ゲストの先生をはじめ、皆さんがとても華麗な演技を見せてくれましたし、長女の演技も昨年以上に素晴らしく今回も目頭が熱くなっておりました。

最後に

コロナによってどうしても行動が制限されたり、気持ちが萎縮してしまいがちですが、バレエ発表会を通して、こうした状況だからこそ人々に感動を与えるものが人を動かす、人に力を与える大切な事だなと強く感じました。

Withコロナ時代はリモートでのやりとりが重要視されていますが、やはりリアルに時間と空間を共有して少しでも多くの人に感動を届けられる活動を私も出来る限り応援していきたいと思います。

来年はまた無事にバレエ発表会が迎えられることを願いたいと思います。

2019年12月30日月曜日

今までありがとう!〜奥さん実家の小さな家族たちとの思い出〜

今回は奥さんの実家で暮らしていたにゃんこのお話を綴っていきたいと思います。

実家には二匹の可愛い猫たちが暮らしていました。

それぞれピースケとハナという名前ですが、長年暮らしているので猫というよりも完全に家族の一員という存在でした。

過去形でお話ししているのは年下のハナちゃんは2年前に亡くなり、今月の12/16にはピースケも天に召されていきました。

ハナちゃんは17歳、ピースケは21歳と9カ月の一生を終えました。


ピースケ
ハナ

沢山の思い出と安らぎを残してくれた猫たちの軌跡を少しでも残しておきたくブログに綴りました。

猫たちの生い立ち

私の妻とピースケが出会ったのは、まだ妻が`大学生の時代まで遡ります。

バイト帰りに生まれて間もない猫の赤ちゃんが公園に捨てられているところに偶然遭遇し、拾ってきたのが最初の出会いと聞いています。

捨てられた子猫は二匹だったのですが、一匹は衰弱が激しく間もなく亡くなってしまったそうです。

ピースケも衰弱はしていたものの、一生懸命に看護した甲斐もあり持ち直してくれたそうです。その後20年以上も元気に暮らせていたのはピースケが生まれながらにして生命力の強さを備えていたのかもしれません。

ハナちゃんとの出会いも義母が生後1ヶ月くらいの時に道端に捨てられていたところを拾い上げて帰ってきたのでした。当時は顔も傷ついていたり痛々しい状況だったそうです。

二匹は正反対の性格

ピースケは完全に家族の一員として、というよりも実家の主人、守護神といえるような存在でした。

家の中の異変がないかチェックして闊歩するような堂々としているイメージです。
それでも抱っこされたりすると気持ちよさそうに甘えた声を出したりとどちらかというと社交的な性格だったと思います。



一方、ハナちゃんはとても人見知り、恥ずかしがり屋のにゃんこでした。
しかもピースケが若干気性が激しいのでよく追いかけられたりして大変だったかも知れません。



正反対な性格をもつ猫でしたが、奥さん家族から愛情をいっぱい受けていたと思います。

私と猫たちの最初の出会い

初めて私が猫たちと出会ったのは今から15年以上前、妻と付き合い始めてしばらくしてのことでした。

妻の実家に初めてご挨拶に行くことになったのですが、奥さんからはピースケという猫は宅配便のドライバーなど家に訪問してくるものには常に臨戦態勢で威嚇し、噛みついてくるから気を付けてね!と念を押されていました。

彼女の親とも初対面という状況でかつ猫の襲来に備えないといけないということで一抹の不安を抱えておりました。

そしてついに訪問当日がやってきました!

かなり身構えて訪問したのですが、何故かピースケは不思議と威嚇する事もなく家に通してくれた事を覚えています。お義母さんも「初対面の相手に心許すなんてほんと珍しいねぇ」と言われていました。

ハナちゃんとの初対面は、人見知りという事で家具の上に上がってなかなか近づいてくれなかったですが、時間が経つにつれ、猫じゃらしなどで遊んであげたりして少しずつ心を開いてくれたようでした。

何度か通っているうちに猫たちもより安心感が芽生えたのか、猫との戯れて癒しの時間を
過ごす事が出来ました。

時が経つにつれ、私たちも結婚し、子供を授かり、里帰りすれば常に猫たちが赤ちゃんを
興味津々に覗いてみたり、じっと見守ってくれた事がとても印象深い思い出です。
長女とピースケ
次女とハナちゃん
末っ子とピースケ

災難なこともあったけど

印象深い出来事といえばちょっとした災難もありました。

ハナちゃんは実家がマンションに引っ越した際に、引っ越し業者の人間が出入りして家具を取り出していく様子をみて非常に怯えてしまって、人見知りに拍車がかかってしまったり、ひどい歯槽膿漏にかかってしまい、治療のため首輪にラッパのような器具をつけられて不便な生活を強いられた時期もありました。

ピースケも基本的に室内で暮らしていたのですが、常に外の世界にも興味を持っていたのでちょっと飛び出して冒険していました。

ただ冒険をしすぎて自宅の場所がわからなくなってしまい行方不明となってしまいました。その時は家族総出でピースケ探しをしたことを思い出します。ピースケが見つかったのは怖くなってマンションの隙間に隠れ続けていたところをようやく見つかって、無事に見つかってほっと安堵したことを思い出します。

安らかに眠ってね

妻実家の家族、そして私たち家族から愛情いっぱいに暮らしたピースケとハナ。
猫たちの体を撫でてあげると気持ちよさそうにしている姿が目に焼き付いています。



猫たちとの別れは本当に悲しいものですが、妻や義母が出会わなければすぐに消えてしまったかもしれない命を一生懸命に生きた姿、思い出を胸にしまっておきたいと思います。

2019年8月31日土曜日

令和元年最初の夏休み家族旅行!

皆さん、こんにちわ

今回は令和元年になって初めての家族旅行記を綴りたいと思います。

令和元年の夏休みはいつもと違う

いつもと違う?何が違うのかというと今年は子供たちだけでなく親としても夏休みがしっかり取れた点です。

例年でしたら会社が定める夏季休暇を利用してお盆休みに茨城県の実家に帰省、ゆっくり過ごすというスタイルが定着していました。

今年はこの夏季休暇に加えて、リフレッシュ休暇という特別な休暇を繋げる事で2週間以上のまとまった休暇を得る事が出来ました。

リフレッシュ休暇は勤続5年、10年といった節目に取得が出来る休暇です。

私が所属する会社ではこの休暇が数年前に新設されました。そして今年、私も勤続10年経過した事でリフレッシュ休暇の権利を得る事が出来ました。

この貴重な夏休みを利用して北陸の富山県への家族旅行を計画しました。

富山は叔父叔母夫婦が住んでおり、小さい頃から親に連れられて遊びに行ったものでした。
また大学も富山国際大学に進学し、叔父叔母宅に居候させてもらったので、私にとって富山は縁の深い場所でもあります。

また今回は今年で80歳を迎える母も連れ添っての旅となりました。

2つのルートに分かれて富山へGo!

富山県内の観光地巡りには足が必要ということで当初からマイカーと新幹線の二手に分かれての移動を考えていました。(というか車ルートは私だけの一人旅ですが。。)

自動車で東京~富山まではおよそ400Kmほどの道のりですが、車での移動は休憩を挟むと6~7時間はかかるかなといったところです。

一方で北陸新幹線であれば東京~富山間は最短で2時間14分となり圧倒的なスピードです。

一昔前、北陸新幹線がなかった頃を振り返ると上越新幹線で東京~越後湯沢、越後湯沢から特急に乗り継いで4~5時間ほどかけて行き来していたことを思い出します。

今回は、茨城の実家から大宮駅まで車で移動し、家族としばしのお別れ。

電車好きの末っ子は大宮駅で新幹線や在来線を見てはしゃいでいたのは言うまでもありません(笑)

家族と別れた後、首都高の乗って外環⇒関越⇒上信越⇒北陸自動車道というルートを辿ります。移動日となった17日は天気が良すぎるくらいで非常に暑い日でしたが、上信越からは交通量も少なくマイペースで運転でき快調に進んでいきました。

そして長野県小布施のサービスエリアに到着したら一旦こちらで高速を降りてとある場所へ向かいました。

とある場所というのは、今年5月で会社を辞めて小布施で新たなスタートを切った北川さんが管理されているコラボレーションスペースを訪問しました。

小栗八兵衛商店
http://www.kohachi.mixh.jp/

明治元年に建てられたという古民家をリノベーションして様々なコミュニティのイベントスペースだったり会社の研修施設として活用されています。

小布施駅からも近く、温泉も近所にあるという事で都会の喧騒から離れイベントに参加した後は温泉につかってリフレッシュ出来る、そんな場所でした。

名前の由来も小栗八(こくりえいと:Co Create)という事で 、こうした静かな場所で海外の方を招いてのコミュニティイベントだったりアイデアソンやハッカソンなどで活用出来たら素晴らしい場所だなぁと思いました。

ご興味のある方は是非問い合わせてみて下さい!

 


小一時間ほどしたところで別れを惜しみながら再び富山へ。

上信越から上越JCTで北陸道に入りましたが、こちらも交通量少なく程よいペースで進んでいき富山には午後8時頃に到着しました。

車で富山に来たのは10年ぶり位で久しぶりの長距離運転でちょっと腰に来ました(;^_^A

富山の観光めぐり 滑川~黒部・宇奈月温泉

富山に着いた翌日は叔父叔母夫婦の家で読書をしたりとゆっくりと時間を過ごしていました。

富山の家自体がまるで貸し切りの一軒宿のような感覚で、子供たちは長い廊下を駆けずり回っていました。

そんな1日を過ごした後は、私たち家族は1泊2日の富山観光へと出かけて行きました。

観光で最初に向かったのは「ほたるいか」で有名な滑川市の「ほたるいかミュージアム」へと向かいました。

ほたるいかミュージアムHP
https://hotaruikamuseum.com/museum

ほたるいかはその名の通り、蛍のように暗闇で発光する不思議な生き物です。
群れで神秘的な青白い光を放っている姿はとても綺麗です。


3月~5月であればこのミュージアムで実際のほたるいかを鑑賞出来るのですが、この時期は龍宮ホタルという生き物の発光ショーを見る事が出来ました。

龍宮ホタルは海洋深層水に生息しており、ほたるいかと同じく発光する生き物です。
僅かな光ですが子供たちも不思議そうに覗いていました。

他にも「ダイオウグソクムシ」や「チンアナゴ」など海の生き物たちを鑑賞する事が出来ました。
 


施設内を見終わった後は屋外にある海洋深層水の足湯スペースに。
ちょっと浸っているだけで肌がツベツベ(富山弁ですべすべの意味)になりました!

またお昼時だったので、ミュージアム内のレストランで昼食を。
ほたるいか天丼、白エビ天丼など日本海を眺めながら富山の海の幸を美味しく頂きました。


ミュージアムを後にし、次に向かったのはくろべ牧場です。
人懐っこいヤギや羊、そしてポニーなどが迎えてくれました。

ネットの情報では小動物との触れ合いも出来るようなのですが平日という事もあり触れ合い体験は出来なかったものの牧場内のカフェでミルクソフトクリームを頂いて。まるで淡雪のような食感と美味しさに満足しておりました。










本日のお宿

天候が小雨交じりの状態だったため牧場を後にして本日止まるホテルへと向かいました。

今回のお宿は富山県西部に位置する黒部市の宇奈月温泉街にある「ホテル桃源」さんにお世話になりました。

ホテル桃源
http://www.h-togen.com/

通されたお部屋は最近リフォームしたという広いお部屋をご用意頂きました。
窓からは黒部川を望めとても素敵なお部屋でした。


温泉は貸し切り露天風呂が有料と無料のものがあったのですが、大人数で入れる有料の露天風呂をチョイスし家族そろって伸び伸びとお風呂を満喫出来ました。

こちらもとても素敵な露天風呂で黒部川の景色を一望しながら子供たちも多いに喜んでおりました。

お風呂だけでなく夕食も非常に盛り沢山でした!
地ビールである宇奈月ビールをチョイスしてとても美味しく頂きました。


宇奈月周辺の観光

観光一日目も曇りや小雨など天気が芳しくありませんでしたが、2日目は早朝に一瞬の青空が見えたものの、その後は一気に雨雲が広がり、ホテルのチェックアウト時には雨足もかなり強くなってしまいました。

本来なら黒部トロッコ電車に乗りたかったのですが、大雨に見舞われてしまったため断念して屋内展示の施設巡りに切り替えました。

セレネ美術館や黒部電機博物館などを観光しました。

平山郁夫さんといった富山県を代表する画家の描いた作品は素晴らしかったです。
また、この美術館ではいくつかのワークショップを体験できるようになっています。

そこで次女が代表して切り絵を利用したオリジナルタンブラーに挑戦しました。

好きな形の型紙を選んだ後、折り紙を畳んだところに型紙を重ね、線に沿ってカッターや
ハサミで切り取っていくと素敵な模様が出来ました。

台紙に糊付けして完成。次女は世界に一つのオリジナルタンブラーを手に入れてご満悦でした。

 
 

この後も最寄りの博物館などを見学して過ごしていましたが、午後3時頃にようやく激しかった雨も収まってきたので宇奈月温泉駅に戻ってきました。

せっかく来たのだから途中駅まで乗車しようと考えたのですが大雨のため途中下車しても観光は難しいという事で乗車は断念しました。

今回はトロッコ電車からの風景を楽しむ事は出来ませんでしたが、たまたまトロッコ電車の車庫見学ツアーが催されていたのでこちらに参加させて頂きました。

通常は一般公開されていない車庫や車両を間近に見学する事が出来て良かったです。


 



何気ない家族との触れ合いが一番の幸せ

黒部・宇奈月観光を終えた翌日は富山市内のガラス工芸館だったり近くの公園などを散策してゆっくりと過ごしていました。

今回は天気に恵まれず計画していた観光地を巡る事が叶いませんでしたが、改めて感じたことは、旅行中の何気ない一コマがかけがえのないものであると改めて感じました。

1つのテーブルを囲んで牧場でソフトクリームを家族で味わったり、家族風呂でのんびり過ごしたり、家族の何気ない笑顔を見れた事がとてもよかったです。

某クレジットカードのCMではないですが「Priceless」という言葉が本当にしっくりくるそんな旅となりました。

母も長時間の移動など体力的な不安がありましたが、負担を最小限に出来ましたし、実家の兄夫婦と姪たちがサポートしてくれたおかげです。

長女は来年は中学校に進学しますが、部活動などが始まると家族全員がまとまって旅行に行く機会は徐々に取りにくくなるかもしれませんが、出来る限り家族旅行の機会を作っていけたらと思います。

末っ子が描いたトロッコ電車