With little courage and passion!
小さな勇気と情熱があれば、その一歩を踏み出してみよう! という想いを込めて、私や家族の出来事をお伝えしたいと思います。
2025年5月30日金曜日
SSTR初挑戦!雨と寒さを乗り越え、千里浜へ感動のゴール!
2022年7月6日水曜日
息子のイベント出演記:パフォーマンスキッズ・トーキョー、ダンス公演「おどろどろんこどんどきゅう」
皆さん、こんにちわ、今回は小学3年生の息子が参加したイベントの様子と感想を綴りたいと思います。
芸術家と子どもたち(children-art.net)という非営利団体(NPO)が主催する各種イベントが開催されています。
今回初めてこうした取り組みを知りましたので、お子さんをお持ちの方たちに少しでもこの活動を知って頂く、興味を持って頂く機会となれば幸いです。
NPO法人「芸術家と子どもたち」とは
1999年に発足し、2001年からNPO法人として活動を始めた団体です。
「現代のアーティストといまの子どもたちが出会う「場づくり」を提供すること」
を目的に掲げています。
「場づくり」を提供することで以下の機会を創る支援をされております。
●子どもたちにとって<潜在的な力を存分に発揮し伸ばす>
●アーティストにとって<子どもたちと関わり、新たな表現を探る>
上記ミッション実現に向けた主要な5つのワークショップを定期的に開催されています。
各ワークショップの詳細は公式HPをご確認頂ければと思いますが、これらのワークショップの1つとして今回息子が参加させて頂いたのが
でした。
PKTは公益財団法人「アーツカウンシル東京」というもう1つの団体と共同して実施されるワークショップとなっています。
ダンスや音楽など様々なジャンルで、子どもたちが主体となりプロのアーティストの支援を受けながら一緒に舞台作品を作り上げ、そして公演という形で披露する取り組みです。
イベントに参加したきっかけ
このイベントを知ったきっかけは、小学校からのお便りで出演者募集のチラシでした。
チラシの「おどろどろんこどんどきゅう」というタイトルを目にした時は「うん?何だこれ?」というのが率直な印象でした(笑)
ただ「どろんこ」とあるように土を題材にしていること、更にダンスとアートが組み合わさった舞台ということで息子も興味津々でやってみたいとすぐに意思表明してくれました。
息子の幼稚園時代を振り返ると、お遊戯会の演目「ピノキオ」でゼペットおじさん役を演じて長いセリフをしっかりこなし、立派に演じ切ってくれた時の事を思い出していました。
当時の写真 |
あの時と同じようにこのイベントを通して感動をもらえる、観ている人たちに感動を与えることが出来るなら応募しない訳にはいかないなという事で応募し、幸運にも出演のチケットを射止める事が出来ました。
イベントを通して出会ったアーティストの方たち
今回この作品の舞台演出とアートを担当して下さったアーティストの皆さんを簡単では御座いますがご紹介したいと思います。
青木尚哉さん
16歳でダンスに出会い、プロとしての振付家、ダンサーとして活躍されています。
主にzer0というプロジェクトを通して、様々なジャンルでのイベント、ワークショップなど積極的に活動されています。
間中ムーチョ(まなかむーちょ)さん
女児玩具デザイナーなどを経て、絵本「にんげんさまへ」など、様々なアート活動をされています。絵本は2019年にイタリア・ボローニャ国際絵本原画展において入選するなど高い評価を受けています。
HPを見て頂くととても素敵な作品が沢山並んでいますので是非ご覧ください!
https://manakamucho.jimdofree.com/
イベントまでの道のり
イベントは本番を含めて10日間のワークショップが実施されました。
PKTにおいての基本的なプロセスとなっているようで 7/3の本番に向けて基本的に毎週土日にワークショップのスケジュールが組まれました。
実際のスケジュール表 |
ワークショップ連絡帳 |
また、ワークショップはアーティストと子どもたちが集中して取り組めるよう本番までは非公開で行われることとなります。
![]() |
初回の顔合わせで緊張の面持ち |
非公開ではありますが、公式SNSなどでワークショップの様子を垣間見る事が出来て、私たち観る側もどんな舞台になるのだろうと日を追うごとに期待が高まっていきました。
屋内での実施ではありますが、ワークショップを終えた息子を迎えに行くと汗いっぱいで「あぁ、疲れたー」と唸っていましたが毎回その表情には清々しさが表れていました。
本番当日の様子
そして迎えた本番当日ですが10時から最後の稽古に臨んでいました。
14:00 開場でホールには多くの観客の方が来て頂いておりました。
14:30 から公演が始まってすぐに息子が舞台に登場しステージを気持ちよくスキップで何度も駆け抜けていきます。
間中ムーチョさんがこの日のために用意してくれた土の衣装を身にまとい真剣な表情で演技していました。また、間中さんのアート作品がスポットライトに照らされて舞台がより一層彩られていきました。
パンフレットから本番舞台を想像して頂ければ。 |
子どもたちも土にくるまってはまた動き出したりと色々と面白い動きを見ているとこちらも楽しくなってしまいました。
特に参加者みんなが土に向かって語り掛けるシーンを見つめていたら私自身も土に対する感情移入というか、私達にとって非常に大切な存在なのだなととても考えさせる印象的なシーンでした。
そして舞台も佳境を迎える頃、土という存在の偉大さを物語るような、帯のように描かれた絵が滝のように流れ出てくる演出に圧倒されておりました。
こうして無事に舞台も終わり、観客の方からも多くの拍手に包まれておりましたし、出演者の皆さんの表情がとても晴れやかに見えました。
終演後はロビーに集合し、最後のワークショップとなるお別れの会が催され、本番の振り返りと一人一人感想を述べて労をねぎらっておりました。
そして最後にお世話になったアーティスト、スタッフさんに息子とともにこれまでの感謝をお伝えして別れを惜しみつつも解散となりました。
イベントを通して感じた事
2021年9月4日土曜日
【夏休みの思い出】カブトムシたちから生命の大切さを教えてもらいました
皆さん、こんにちわ。
今回は子供たちの夏休み期間中に家族みんなでお世話してきたカブトムシとクワガタたちの思い出を綴っていきたいと思います。
昆虫を飼うきっかけとなったのは小学二年生になる息子が興味を持った事でした。
我が家に最初にやってきたのは息子の友達が譲ってくれた小さなクワガタの雄でした。
その後、近所の公園でカブトムシのオスやメスを自ら採取する事が出来た事で大変喜んでいました。
息子が夢中になってる姿を見て妻も昆虫図鑑や昆虫のひみつといった本を見つけてきて一緒に昆虫の生態を学んでいました。
私も息子と一緒に虫アミ片手に公園に探しに行ったのですが毎回成果ゼロ。。一方で妻と一緒に行くとカブトムシに出会えるというジンクスも生まれました(笑)
長女と次女は虫が大の苦手、、のはずだったのですがカブトムシとクワガタは例外のようで弟が可愛がってる姿を見てその安心感から家族みんなで可愛がるようになりました。
カブトムシたちの一日振り返り
朝になると子供たちは飼育ケースから庭の芝生の上を散歩させます。
散歩の後はカブトムシたちのごはんを補充です。
ごはんは樹液の成分に似せた昆虫ゼリーを与えます。ホームセンターで購入出来て黒糖味とフルーツ味の2種類を与えていました。
虫たちが過ごす土も専用の昆虫マットというものが販売されています。この昆虫マットは幼虫にとってはごはんとなる、まさに母なる大地といった感じです。
虫たちが快適に暮らすには昆虫マットにある程度水分、湿気が必要となるので毎日表面の湿り気具合を見ながら霧吹きで水をかけてあげます。
その他、昆虫ゼリーをセットするための木製のエサ台に朽木、枯れ葉を配置します。
枯れ木は湿気によってカビが生えてしまうため頻繁に天日干しにしたり表面を削ったりを繰り返し清潔な環境で過ごせるよう努めました。
基本的に夜行性ということで昼間の様子はというと、雌たちはマットの中、雄たちは枯れ葉の下に身を隠して暮らすという感じでした。
夜になるとみんな活発に動くようになります。時折夜中にバサバサっという羽音がなって最初は気になっていたのですが、それも自然と慣れてしまいました。
夜どのくらい活発に動いているのかをアクションカメラで定点観測してみたのですが、このミヤマクワガタのメスなのですが飼育ケースをところ狭しと繰り返し歩き回っておりました。
夏の終わりとともに訪れたカブトムシたちとの別れ
カブトムシたちにはそれぞれ名前を付けて愛着をもちながら世話しておりました。
- カブオ、チビオ、ハヤオ、カブスケ(カブトムシのオス)
- カブコ、チビコ、カブミ(カブトムシのメス)
- ミヤオ(ミヤマクワガタのオス)
- アーモンド(ミヤマクワガタのメス)
- クロ、アカ(ヒメノコ)
今年の夏休みもコロナ禍で子供たちも羽を伸ばして思いきり遊ぶこともできず、お盆休みに実家への里帰りなどもできずにいましたが、そんな中カブトムシたちが子供たちの心を和ませる存在となっていました。
次女は虫たちの写真をかわいらしく加工したり、息子は折り紙でたくさんのカブトムシやクワガタを生み出しておりました。
カブトムシやミヤマクワガタが成虫として過ごす期間はおよそ1~2か月となっています。
厳密に管理された飼育であればより長く生き続けることが可能のようです。
全くの初心者だった私たち家族も書籍やネットの情報から少しでも長く生きてもらえるよう努力してきましたがやはりその時はきました。
カブオとミヤオ、そしてチビオが立て続けに天国に旅立ったときは子供たちはショックだったようです。
4番目に旅立ったのはハヤオという体が一番大きく元気に動いていたカブトムシのオスです。
そんなハヤオも少しずつ動きが鈍くなっていき前足も自由が利かなくなってしまいました。見ている私たちも痛々しい気持ちになっていたのですが、そんな満身創痍な体となってもハヤオは残された4本の足で常に前へ前へと歩みを止めませんでした。
バランスを崩してはひっくり返ってしまい自力では起き上がることが出来なくなってしまいました。
ハヤオが亡くなる前の3~4日間は家族みんなでハヤオの様子を見てはケアをしていました。
かなり体力が衰えてしまい今夜が最後のお別れかも、と何度も思っていましたが、本当にハヤオという子は命ある限り前を向き続けていたと思います。
最後は触覚のみを僅かに動かす程度でしたが、妻や次女、息子に最後を看取られて天国に飛び立っていきました。
カブトムシたちから生命の尊さ、大切さを教えてもらいました
息子がきっかけとなり家族みんながカブトムシたちに解像度高く接した夏休みとなりました。
生あるもの、いつかは別れが来るという営みをカブトムシたちは身をもって教えてくれたと思います。
健気に、たくましく命の灯の続く限り、歩みを止めない姿に非常に胸を打たれました。
人間が誕生する以前の太古の時代から生命を紡いできた昆虫たち。
幼虫からさなぎ、成虫になる過程。木々や土に再び活力を与える役目までも果たしている虫たちの偉大さ、素晴らしさを知りました。
同時にこうした生命を育んできた、かけがえのない地球を守っていかなければならないと改めて感じた夏休みでした。
最後に息子と次女で合作した絵本(アニメーションGIFなので画面切り替わります)をシェアして締めくくりたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました!
2020年8月15日土曜日
第9回関根バレエスタジオ発表会を通して感じたこと
皆さん、こんにちわ
こちらのブログで過去にもバレエ発表会の投稿をしていますが、今回はコロナウィルスによっていつもとは異なる発表会となりました。
いつもと違う点①開催時期
いつもと違う点②練習風景
いつもと違う点③会場への入退場
いつもと違う点④終演後の出待ち禁止
コロナ禍であっても変わらないもの
最後に
2019年12月30日月曜日
今までありがとう!〜奥さん実家の小さな家族たちとの思い出〜
実家には二匹の可愛い猫たちが暮らしていました。
それぞれピースケとハナという名前ですが、長年暮らしているので猫というよりも完全に家族の一員という存在でした。
過去形でお話ししているのは年下のハナちゃんは2年前に亡くなり、今月の12/16にはピースケも天に召されていきました。
ハナちゃんは17歳、ピースケは21歳と9カ月の一生を終えました。
ピースケ | ||
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猫たちの生い立ち
私の妻とピースケが出会ったのは、まだ妻が`大学生の時代まで遡ります。バイト帰りに生まれて間もない猫の赤ちゃんが公園に捨てられているところに偶然遭遇し、拾ってきたのが最初の出会いと聞いています。
捨てられた子猫は二匹だったのですが、一匹は衰弱が激しく間もなく亡くなってしまったそうです。
ピースケも衰弱はしていたものの、一生懸命に看護した甲斐もあり持ち直してくれたそうです。その後20年以上も元気に暮らせていたのはピースケが生まれながらにして生命力の強さを備えていたのかもしれません。
ハナちゃんとの出会いも義母が生後1ヶ月くらいの時に道端に捨てられていたところを拾い上げて帰ってきたのでした。当時は顔も傷ついていたり痛々しい状況だったそうです。
二匹は正反対の性格
ピースケは完全に家族の一員として、というよりも実家の主人、守護神といえるような存在でした。家の中の異変がないかチェックして闊歩するような堂々としているイメージです。
それでも抱っこされたりすると気持ちよさそうに甘えた声を出したりとどちらかというと社交的な性格だったと思います。
一方、ハナちゃんはとても人見知り、恥ずかしがり屋のにゃんこでした。
しかもピースケが若干気性が激しいのでよく追いかけられたりして大変だったかも知れません。
正反対な性格をもつ猫でしたが、奥さん家族から愛情をいっぱい受けていたと思います。
私と猫たちの最初の出会い
初めて私が猫たちと出会ったのは今から15年以上前、妻と付き合い始めてしばらくしてのことでした。妻の実家に初めてご挨拶に行くことになったのですが、奥さんからはピースケという猫は宅配便のドライバーなど家に訪問してくるものには常に臨戦態勢で威嚇し、噛みついてくるから気を付けてね!と念を押されていました。
彼女の親とも初対面という状況でかつ猫の襲来に備えないといけないということで一抹の不安を抱えておりました。
そしてついに訪問当日がやってきました!
かなり身構えて訪問したのですが、何故かピースケは不思議と威嚇する事もなく家に通してくれた事を覚えています。お義母さんも「初対面の相手に心許すなんてほんと珍しいねぇ」と言われていました。
ハナちゃんとの初対面は、人見知りという事で家具の上に上がってなかなか近づいてくれなかったですが、時間が経つにつれ、猫じゃらしなどで遊んであげたりして少しずつ心を開いてくれたようでした。
何度か通っているうちに猫たちもより安心感が芽生えたのか、猫との戯れて癒しの時間を
過ごす事が出来ました。
時が経つにつれ、私たちも結婚し、子供を授かり、里帰りすれば常に猫たちが赤ちゃんを
興味津々に覗いてみたり、じっと見守ってくれた事がとても印象深い思い出です。
長女とピースケ |
次女とハナちゃん |
末っ子とピースケ |
災難なこともあったけど
印象深い出来事といえばちょっとした災難もありました。ハナちゃんは実家がマンションに引っ越した際に、引っ越し業者の人間が出入りして家具を取り出していく様子をみて非常に怯えてしまって、人見知りに拍車がかかってしまったり、ひどい歯槽膿漏にかかってしまい、治療のため首輪にラッパのような器具をつけられて不便な生活を強いられた時期もありました。
ピースケも基本的に室内で暮らしていたのですが、常に外の世界にも興味を持っていたのでちょっと飛び出して冒険していました。
ただ冒険をしすぎて自宅の場所がわからなくなってしまい行方不明となってしまいました。その時は家族総出でピースケ探しをしたことを思い出します。ピースケが見つかったのは怖くなってマンションの隙間に隠れ続けていたところをようやく見つかって、無事に見つかってほっと安堵したことを思い出します。
安らかに眠ってね
妻実家の家族、そして私たち家族から愛情いっぱいに暮らしたピースケとハナ。猫たちの体を撫でてあげると気持ちよさそうにしている姿が目に焼き付いています。
猫たちとの別れは本当に悲しいものですが、妻や義母が出会わなければすぐに消えてしまったかもしれない命を一生懸命に生きた姿、思い出を胸にしまっておきたいと思います。